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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2517号 判決

控訴人 石田基吉

右訴訟代理人弁護士 中田長四郎

被控訴人 株式会社国民相互銀行

右代表者代表取締役 松田文蔵

右訴訟代理人弁護士 斎藤兼也

同 黒田松寿

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人の主位的請求を棄却する。

被控訴人は、控訴人に対し、金一八八〇万円及び内金九四〇万円に対する昭和四二年一月三一日から、内金九四〇万円に対する同年二月一四日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の予備的請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、金二〇〇〇万円及び内金一〇〇〇万円に対する昭和四二年一月三一日から、内金一〇〇〇万円に対する同年二月一四日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次に付加、訂正するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

原判決二枚目裏六行目の「定期予金」を「定期預金」に訂正する。

同三枚目表三行目の「原告の」から同九行目の末尾までを、次のとおり改める。

「山路昌已と梅沢譲は、共謀のうえ、山路昌已名義で被控訴人の常盤台支店に定期預金をする資金を控訴人から騙取しようと企て、山路名義で定期預金をしても預金通帳と届出印鑑は控訴人に預けておくから、右定期預金が担保などに入れられるおそれはなく、確実に返還を受けられる旨申し欺き、その旨誤信した控訴人から、昭和四二年一月三一日と同年二月一四日の二回にわたり、各金一〇〇〇万円合計二〇〇〇万円を交付させて騙取し、控訴人に同額の損害を与えた。」

同三枚目裏八行目の「遅延損害金」を「法定利息もしくは遅延損害金」に改める。

《証拠関係省略》

理由

一  主位的請求(不当利得返還請求)について

当裁判所も控訴人の主位的請求は理由がないから棄却すべきものと考える。その理由は原判決の理由説示中これに関する部分(原判決六枚目表六行目冒頭から同八枚目裏九行目まで)と同一であるから、これを引用する。

二  予備的請求(不法行為に基づく損害賠償請求)について

1  控訴人が昭和四二年一月三一日と同年二月一四日被控訴人の常盤台支店(以下単に常盤台支店という。)に来店したこと及び梅沢譲(以下単に梅沢という。)が右当時常盤台支店長であり、被控訴人のため定期預金契約を締結する権限を有していたことは当事者間に争いがない。

《証拠省略》を綜合すると次の事実が認められる。

(一)  山路昌已(以下単に山路という。)は、昭和四二年一月当時、不動産業等を営む東照興業株式会社(旧商号東照鉱業株式会社、以下単に東照興業という。)の代表取締役であったが、当時熱海市伊豆山七尾原外一帯の綜合開発が計画されていたので、前年の暮頃から右計画区域内の土地を買収することにより利益をあげることを企て、その買収資金を必要としていた。

(二)  山路は、昭和四一年梅沢と知り合い、同年一二月上旬常盤台支店と山路個人名義で銀行取引を始めていたが、資金を持っていると思われる関田豊次(以下単に関田という。)に対し、銀行から融資を受けるには、銀行に定期預金として実績をつむ必要があるから、関田の資金で常盤台支店に山路名義の一〇〇〇万円の定期預金をしてくれるよう頼み、関田がこれを承諾してくれたので、昭和四一年一二月二九日正午頃、関田とともに常盤台支店に梅沢を尋ね、同支店長室で関田の持参した現金一〇〇〇万円を山路名義で定期預金にし、届出印鑑と定期預金証書を梅沢の前で関田に渡し、これらの証書は関田が持ち帰った。ところが、山路は、同日午後二時頃一人で再び同支店に梅沢を訪れ、同支店から同日三〇〇万円の融資を受けたほか、昭和四二年一月一〇日一〇〇万円、同月一二日四〇〇万円、同月一七日一五〇万円(合計九五〇万円)の融資を受けた。

山路は、同年一月常盤台支店のため五〇〇〇万円の定期預金をしてくれる先を紹介してやったほかその頃東照興業も同支店と銀行取引を開始した。

(三)  山路は、その後再び関田に対し常盤台支店に山路名義で二〇〇〇万円の定期預金をする資金を出してくれるよう頼み、関田が承諾したので、昭和四二年一月三〇日正午頃、関田とともに同支店に梅沢を尋ね、関田の持参した現金六〇〇万円と関田がかねて同支店に預金していた一四〇〇万円を合わせた金二〇〇〇万円を山路名義で定期預金した。その際丸型の「山路昌已」という印鑑が届出印鑑として定期預金元帳兼印鑑票に押捺された。梅沢は定期預金証書を作成したが、これは常盤台支店で預ることにし、一時預り証を発行して、関田は右届出印鑑と一時預り証の交付を受けて、これを持ち帰った。

ところが、山路は、同日午後三時頃、常盤台支店に一人で梅沢を尋ねてきて、前記丸型の「山路昌已」という届出印鑑を丸型の「山路暁子」(山路暁子は山路の妻である。)という印鑑に改印する改印届を提出した。右改印届に当り山路は関田に渡してある前記「山路昌已」という届出印鑑を持参せず、右届出は山路の署名だけでなされた。そして、その頃、常盤台支店の前記定期預金元帳兼印鑑票の届出印鑑欄に押捺されていた前記「山路昌已」という印影はその上に前記「山路暁子」の印鑑を押捺することによって抹消され、届出印鑑欄に改めて右「山路暁子」という印鑑が押捺された。

(四)  ところで、山路は、日本金属装具株式会社の会長をしている控訴人と昭和四一年九月頃知り合い、控訴人から数回短期の融資を受けたりしていたので、控訴人に関田同様資金を出させて、常盤台支店に山路名義の定期預金をし、これを担保にして同支店から融資を得、前記土地買収資金の一部に当てようと企て、昭和四二年一月下旬控訴人に対し、控訴人が資金を出してくれて同支店に山路名義の一〇〇〇万円の定期預金を積めば、同支店から数日後には数千万円の融資が得られるので、右一〇〇〇万円は数日後には控訴人に返還できること、定期預金証書と届出印鑑は控訴人に渡しておくから右預金が引き出されたり担保に入れられるなどの心配は全くないことなどをたくみに話して控訴人を欺罔し(なお山路は謝礼として六〇万円を小切手で支払うことも約束した。)、これを信用した控訴人は、確実にその返還を受けられるものと考えて右一〇〇〇万円を出すことを承諾した。

そこで、山路は、同月三一日、現金一〇〇〇万円を所持した控訴人を伴って、常盤台支店に梅沢を尋ねた。梅沢は、支店長室で控訴人から右一〇〇〇万円を山路名義の定期預金にするということで受取り、またその際山路が持参した卵型の「山路」という印鑑(原審で検証したもの)を受取ったが、右印鑑を右一〇〇〇万円の定期預金の届出印鑑とする手続はとらず、前日関田が資金を出した二〇〇〇万円の定期預金の定期預金元帳兼印鑑票に右一〇〇〇万円の預入れの記載をした(したがって、右一〇〇〇万円の定期預金の引き出しや担保設定は山路が所持している前記「山路暁子」という印鑑でできることになったわけである。)。また、梅沢は、定期預金証書を作成したが、これは関田の場合と同様同支店で預ることにし、一時預り証を発行して、控訴人は梅沢から右一時預り証と前記卵型の「山路」と彫った印鑑を受け取って持ち帰った。その際控訴人は右印鑑が右一〇〇〇万円の定期預金の届出印鑑とされたものと信じていた。

山路は、同日午後三時頃、一人で同支店に梅沢を尋ねてきて、梅沢を通じて同支店から二〇五〇万円の融資を受けた(前記(二)記載のものと合わせると合計三〇〇〇万円の融資を受けたことになる。)。その際山路は、前記(三)に記載した関田が資金を出した二〇〇〇万円と控訴人が資金を出した右一〇〇〇万円の各定期預金を担保に差入れる旨記載された担保差入証を作成して梅沢に差入れた(右担保差入証には、借主欄の山路名下に、関田に交付してある前記「山路昌已」と彫った印鑑とは別の山路の印鑑及び前記「山路暁子」と彫った印鑑が並列して押捺され、かつ後者の印鑑は担保提供者欄にも押捺されている。)。

なお、控訴人は、同日、山路から東照興業代表取締役山路振出名義の一〇〇〇万円の約束手形一通と同じ振出名義の六〇万円の小切手一通の交付を受けたが、右のうち小切手については翌二月一日支払を受けたものの、約束手形は不渡となり今日まで支払を受けていない。

(五)  山路は、同年二月、更に控訴人を右(四)に認定したのと同様の方法で欺罔し、控訴人をして控訴人の資金で更に常盤台支店に山路名義の一〇〇〇万円の定期預金をすることを承諾させた(控訴人は一月三一日の一〇〇〇万円につき数日後に返還するとの話にもかかわらずまだ返還を受けていなかったが、右一〇〇〇万円の定期預金がすでに担保に入っていることなどは全く知らず、まだ山路を信用していたし、一時預り証と印鑑を所持していたので安心していたのである。)。そこで、山路は、同月一四日正午頃、前同様現金一〇〇〇万円を所持した控訴人を伴って同支店に赴き、控訴人が右一〇〇〇万円を梅沢に交付して山路名義の定期預金がされた。その際、梅沢は、定期預金証書を作成したが、これは同支店で預ることにし、控訴人から一月三一日の一〇〇〇万円の定期預金証書の一時預り証の返還を受けたうえで、一月三一日と二月一四日の各一〇〇〇万円の定期預金を担保として受取った旨記載された担保受取証を控訴人に交付し、控訴人はこれを持ち帰った。控訴人は、右担保受取証を受取る際、その文面を確かめず、一月三一日に受取った一時預り証と同趣旨の文書と軽く考えていたもので、右各定期預金を担保に供することを承諾する意思は全くなかった。

山路は、同日午後二時頃、一人で同支店に梅沢を尋ねてきて、梅沢を通じて同支店から九〇〇万円の融資を受け、その際、同日定期預金した前記一〇〇〇万円を担保に差入れる旨記載された担保差入証を作成して梅沢に交付した(右担保差入証の担保提供者欄には前記「山路暁子」という印鑑が押捺されている。)。

なお、控訴人は、同日、前記(四)の場合と同様山路から一〇〇〇万円の約束手形一通と六〇万円の小切手一通の交付を受けたほか、四〇〇万円の約束手形一通を受取ったが、小切手につき翌二月一五日支払を受けたほかは不渡となり今日まで支払を受けていない。

以上(一)ないし(五)の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

2  以上認定した事実によれば、山路は、控訴人を欺罔して、昭和四二年一月三一日金一〇〇〇万円、同年二月一四日金一〇〇〇万円を控訴人から騙取したものであり、梅沢は、山路と意思を相通じて山路の右行為に加功したものと断ぜざるをえない。

そうすると、梅沢は、右不法行為の当時被控訴人の被用者で、梅沢の右行為は被控訴人の事業の執行につきなされたもので、控訴人は梅沢の右行為によって後記認定の損害をこうむったものであるから、被控訴人は、控訴人に対し右損害を賠償すべきものである。

3  被控訴人は、控訴人は、昭和四二年四月一八日、梅沢、山路、村上亮一の三名の共謀による欺罔により前記各金員を騙取されたとして東京地方検察庁に告訴し、当時梅沢が常盤台支店長であった事実を知っていたものであるから、被控訴人の控訴人に対する本件損害賠償債務は同日から三年後の昭和四五年四月一七日の経過とともに時効により消滅した、と主張する。

なるほど、《証拠省略》によれば、控訴人は、昭和四二年四月一八日、東京地方検察庁に対し、山路、梅沢、村上亮一の三名を、右三名が共謀して控訴人を欺罔し、昭和四二年一月三一日金一〇〇〇万円、同年二月一四日金一〇〇〇万円を騙取したとして、告訴したことが認められるが、一方、《証拠省略》によれば、控訴人は、昭和四三年、東京地方裁判所に対し、被控訴人を被告とし、控訴人が被控訴人の常盤台支店に昭和四二年一月三一日及び同年二月一四日各一〇〇〇万円の定期預金をしたと主張して、右各預金の返還を求める訴訟(同裁判所昭和四三年(ワ)第二七二四号事件)を提起したこと、しかし同裁判所は昭和四五年一一月二〇日、請求棄却の判決をしたので、控訴人は、右各預金の真実の預金者が山路ではなくて控訴人であるとして東京高等裁判所に控訴(同裁判所同年(ネ)第三一六〇号事件)したが、昭和四七年一月三一日、控訴棄却の判決を受け、更に最高裁判所に上告(同年(オ)第五〇四号事件)したが、同年一〇月二〇日、上告棄却の判決を受け、同日、右事件は控訴人の全部敗訴に確定したこと、が認められる。

以上認定したところによれば、控訴人は、遅くも梅沢らを告訴した昭和四二年四月一八日には、被控訴人の被用者であった梅沢が本件不法行為の加害者で、梅沢の加害行為が被控訴人の銀行事業の執行につきなされたことを知っていたものというべきであるが、一方で控訴人は、被控訴人を被告として、前記各一〇〇〇万円の定期預金の真の預金者は山路ではなく控訴人であると主張して右各預金の返還請求訴訟を提起し、請求棄却の判決に対しても控訴、上告して右の点を争っていたものであり、控訴人の右請求が認められる場合には、控訴人に梅沢の本件不法行為による損害は生じないことになるのであるから、控訴人が被控訴人の被用者梅沢の行為によってその出捐にかかる金員相当額の損害をこうむったことを確実に知るに至ったのは右預金返還請求訴訟が上告棄却によって控訴人敗訴に確定した昭和四七年一〇月二〇日であるとするのが相当である。

そうすると、本件損害賠償請求権の消滅時効は右同日から進行を開始するところ、控訴人が本件訴を提起したのは昭和五〇年一〇月二〇日であることが本件記録上明らかであるから、本件損害賠償請求権はいまだ時効によって消滅していないことが明らかであり、被控訴人の前記消滅時効が完成したとの主張は失当である。

4  そこで最後に控訴人が本件不法行為によってこうむった損害の点につき判断するに、先に認定したように、控訴人は、昭和四二年一月三一日金一〇〇〇万円、同年二月一四日金一〇〇〇万円合計二〇〇〇万円を梅沢に交付したのであるが、これと引換に右一月三一日及び二月一四日に山路からそれぞれ金六〇万円の小切手を受取り、右小切手金は控訴人が交付を受けた翌日控訴人に支払われたのであるから、控訴人が実際に出捐したのは右二〇〇〇万円から右小切手金合計一二〇万円を控除した金一八八〇万円であり、したがって同金額をもって控訴人が本件不法行為によってこうむった損害額とするのが相当である。

5  以上によれば、控訴人の本件予備的請求は、控訴人が被控訴人に対し、金一八八〇万円及び内金九四〇万円に対するその不法行為の日である昭和四二年一月三一日から、内金九四〇万円に対するその不法行為の日である同年二月一四日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余は棄却すべきものである。

三  結論

よって、控訴人の本訴請求中、主位的請求は失当であるから棄却すべきであるが、予備的請求は、前記二の5記載の限度で認容し、その余を棄却すべきところ、これと結論を異にする原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安岡満彦 裁判官 内藤正久 堂薗守正)

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